誕生日前日の放課後
今年の私の誕生日は土曜日でした。子どもたちには、土曜日は先生も学校にいないし、わざわざ来ないように伝えていました。
金曜日の放課後。子どもたちは一度下校してから、わざわざ学校へ戻ってきました。その日は職員会議もあったので、もし来ても3時半を過ぎないと話せないことも伝えていました。
でも、誰が来るのか、何人来るのか、そもそも本当に来るのかも分からないし、約束していたわけでもないので、私もそんなに深く考えていませんでした。
会議が終わって一応玄関へ出てみると、そこにはニコニコした子どもたちが立っていました!しかも、10人も!
手紙、折り紙、手作りのプレゼント。それぞれが大事そうに抱えていました。
「先生、お誕生日おめでとう。明日だけど」
そう言って手紙を差し出された瞬間、びっくりとうれしいのはもちろんですが、「本当に来るなんて…」という子どもたちの行動力への感動で、気持ちがいっぱいになりました。
なんというか、全身にバーッと喜びが走った感じでした。


こんにちは!学級担任一筋33年目、55歳になったkiki3です。
教師の仕事をしていると、大変なことも多いです💦でも、続けてきたからこそ出会える、ものすごくうれしい瞬間もあります。
今回は、55歳の誕生日にまた増えた宝物と、これまで子どもたちからもらってきた温かい気持ちについて書いてみようと思います。o(^▽^)o
10人の子どもたちから届いた手紙

手紙には、一人一人の言葉がありました。どれも大切ですが、すべてを紹介することはできないので、ここでは子どもたちからもらった言葉の一部をご紹介します。
「勉強がわかりやすい」
最初に紹介したいのは、私の好きな猫のカードに書かれていた、とてもシンプルなメッセージです。
誕生日おめでとうございます。
いつもわかりやすく勉強教えてくれてありがとうございます。
ギュッと短く丁寧な字でメッセージが書かれていました。
でも、「勉強がわかりやすい」って、教師にとって一番のホメ言葉だと思っているので、めちゃくちゃうれしかったです。猫のカードを選び、イラストまで添えてくれたところにも、その子が私のことを考えてくれた時間が見えてジーンとしました✨️
「学校に来るのがワクワクします」
別の手紙には、こう書かれていました。
お誕生日おめでとうございます。
いつも学校に来るのがワクワクします。
そして私が、「ここわからない」って言った時に優しく教えてくださりありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
「学校に来るのがワクワクする」この一言だけで胸がいっぱいになりました。学校では、毎日楽しいことばかりではありません。
勉強が難しい日も、友達とうまくいかない日もあります。
それでも、学校へ来ることをワクワクしてくれている。あー、よかったなあって思いました✨️
トイレの外からかけた言葉も、届いていた
気持ちをうまく整えられず、嫌なことがあるとその場を離れ、トイレの個室に入ることがあった子からの手紙です。
お誕生日おめでとうございます。
これからもお仕事頑張ってください。
私が悲しんでいる時(トイレにいる時)先生がトイレの外から「そこは今あなたが頑張る時だよ」って叫んでくれたおかげで、悲しくなってもトイレに閉じこもらないようになりました。
本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
私は、その子を追いかけて、個室の外から声をかけることが何度かありました。
でも、そのたびに、この方法で合っているのかなと不安に思っていました。
追いかけずに、そっとしておいたほうがいいのかな。
私の言葉は負担になっていないかな。
その子にとって何がよい方法なのか、正直、分かりませんでした。
だから、この手紙を読んだとき、「ああ、私の声は届いていたんだ。追いかけてよかったんだ」と思えて、本当にうれしかったです✨️

教師がしたことの答えは、その場ですぐに返ってくるとは限らないです。何年やっててもそうです。でも、迷いながらやってきたことの答えを、こうして子どものほうから教えてもらうこともあるんですよね。
「それいいね」が、私にも返ってきた
こんな手紙もありました。
先生へ。いつも楽しい授業をしてくれてありがとう!!
算数と社会が大好きです!!
先生は私たちの意見を「それいいね」とか「それいいかもね」などと言ってくれて、とってもうれしいです。
だから私たちも先生の意見を「それいいね」とたくさん言ってあげたいので、たくさん私たちに意見してください。
改めて先生、お誕生日おめでとうございます。
これを読んだとき、
えっ、私にも「いいね」をくれるんだ?
と、すごく新鮮な気持ちになりました。
私は、普段から子どもたちの考えを聴いて「それいいね」とよく言っていると思います。それは、「いいね」と思ったら小刻みに伝えるようにしているからで、私にとってはほぼ習慣となっています。
それがその子の楽しさにつながり、今度は「先生にも、いいねと言ってあげたい」と循環することになるとは思いもしませんでした。

「いいね」って認めてもらうと、自分も相手に「いいね」って言いたくなるんですね。
教師から子どもへ、一方向に渡しているつもりだった言葉が、教室の中をぐるっと回って私に返ってきた感じがしました。
今の子どもたちは、私たち大人が思っている以上に「認めてもらえた」ということを敏感に感じ取っているのかもしれません。これは、10年前の私だったら気づけなかったことかもしれないです。


経験年数が増えても、分からないことはたくさんあります。
時代が変われば、子どもも変わるし、教師に求められることも変わっていく。
だから教師は、一生かかっても完璧にはなりません。
若い先生にも、自分に完璧を求めすぎないでほしいな。
「これでいい」と止まってしまうことはできない。でも、「まだ完璧じゃない」と自分を責める必要もない。
30年以上やってても、私も、まだまだ分からないことだらけです。(^◇^;)
「正しく教える」
プレゼントの形に折った折り紙を開くと、中には、
先生、いつも勉強をわかりやすく正しく教えてくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
と書かれていました。
「正しく」
正しく教えない教師っているのかな?笑 思わず、そこに引っかかってしまいました。
でも、よく考えると、子どもに「先生の説明なら安心して聞ける」と思ってもらえたのかもしれません。うれしい言葉でした✨️
「HAPPIーBASUDEI」
別の手紙には、
いつもわかりやすい授業をしてくれてありがとうございます。
先生、お誕生日おめでとうございます。
年に1度しかない誕生日なので、大切にしてください。
そして、大きな文字で、
HAPPIーBASUDEI
と書いてありました。
かわいくて、まいりました(*´ω`*)
きっと来年には、英語での書き方を覚えているでしょうから、この子がローマ字で
「HAPPIーBASUDEI」
と書くのは、たぶん今だけです。今のこの子からしかもらえない宝物をもらった気持ちになりました✨️

誕生日は、命があることを喜ぶ日
私は、誕生日をとても大切にしています。高学年を担任しているときも、子どもの誕生日には給食の時間に牛乳で乾杯します。
えっ、高学年でも?
やります笑
誕生日は、また1年間、無事に生きてこられたことを噛み締める日だと思っているからです。
交通事故、災害、心の不調。生きていることが決して当たり前ではないと感じる出来事が、今の時代にはたくさんあります。
だからこそ、また1年無事に過ごせたことを、今ここに一緒にいるみんなで喜びたいなって思います。
子どもたちの誕生日を大事にしてきたら、私の誕生日まで大事にしてもらえました。
……55歳ありがとう(^O^;)

誕生日は、また1年間無事に生きてこられたことを喜ぶ日。そして親御さんに感謝する日。命があることのありがたさを実感する大切な日だと思っています。
初めて担任した6年生からもらった、二つのクッション
こんなふうに子どもたちから気持ちを受け取ったのは、実は今年が初めてではありません。今までにも、数え切れないほどの言葉や手紙をもらってきました。
きっと多くの先生がそうだと思います。
中でも忘れられないのは、初めて6年生を担任したときのことです。卒業式の日、子どもたちから、
「先生、廊下に出てください」
と言われました。言われるままに廊下に出ると、子どもたちが整列し、感謝の言葉を述べてくれました。そして代表の子が、「今日までありがとうございました」と大きなクッションを渡してくれました。
そこには一文字一文字、刺繍で感謝の言葉が綴られていました。

あなたは、この二年間、私たちを大事に我が子のように育ててくださいました。
私たちは、今日旅立ちます。
今までありがとうございました。
これには泣かされました。
刺繍は、家庭科が得意な子たちが何人かで担当したそうです。時間がかかっただろうに…と思うとますます涙が止まらなくなりました。(T_T)
もう一つ、ハート形のクッションももらいました。そこには、学級全員の名前が並んでいました。
刺繍が得意な子は糸で。不得意な子はマジックで。そこはマジックなんだ!って、泣きながら笑いました。
でも、全員が同じ方法で、同じように上手に作らなくてもいいんですよね。得意な子は縫う。苦手な子はマジックで書く。それでも、全員がこのプレゼントに参加しています。
なんとも、我がクラスらしいなって思いました。笑
あれから長い年月がたちましたが、二つのクッションは今も私の宝物です。
感謝されるために、教師をしているわけではない
もちろん、教師は感謝されるためにする仕事ではありません。「いつか子どもから手紙をもらおう!」と思って教室に立つ人なんていません。
一生懸命に考えたことが、全然うまくいかない日もあります。
よかれと思ってかけた言葉が、届かないこともあります。
子ども、保護者、同僚との関係に悩んで、「もう無理かもしれない」と思うことだってあります。
私にも、大変だったこと、つらかったことがたくさんあります(T_T)
心無い言葉が書かれた手紙に心がボロボロになったこともあります。
でも、振り返ってみると、私は、それをかるく超えるほどの感謝や愛情を子どもたちからもらってきたなあって思います。
それが目的ではなかったけど、自分が頑張ってきたことが、ある日、思いがけない形になって返ってくる。
手紙だったり、折り紙だったり、少し不ぞろいな刺繍のクッションだったり。
教師という仕事を続けた先で、時々もらえる 「とってもとってもうれしい副賞」みたいなものだなって思います。
いろいろあっても、教師をやっててよかった
教師の仕事は、いつも楽しいわけではありません。
「先生になってよかった」と毎日思えるほど、単純な仕事じゃありません。(みなさんご存知の通り)
だから、この誕生日エピソードを取り出して、「教師はすばらしい仕事です!」という美談にするつもりはないです。
そんなもんじゃないです。
ただ、大変なことがあるのと同じように、この仕事でなければ出会えなかった喜びがあることも、本当です。
自分がかけた言葉が、知らないところで子どもの力になっていた。
自分が大切にしてきたことを、子どもたちも大切にしてくれていた。
そして、教師が子どもを育てているつもりで、実は教師のほうも、子どもたちの言葉に励まされ、育ててもらっていて笑
教師って、子どもに教師にしてもらう仕事なんだなあと、改めて思いました。
55歳の誕生日に、また宝物が増えました。o(^▽^)o
子どもたちへ。
手紙も、折り紙も、プレゼントも、わざわざ学校まで来てくれたことも、全部うれしかったよ。
先生の誕生日を大事にしてくれて、ありがとう。そして、私を先生にしてくれて、ありがとう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
(=^・^=)
