知らず知らずのうちに自分を型にはめて生きづらくなっていることってありませんか?
実は、私はあります😅
誰に言われた訳でもないのに、「こうじゃないと!」という理想を自分で設定してしまって、後でつらくなるというパターン…
忙しくなるとそんな呪縛にハマっていることがあるように思います。
こんにちは。小学校教員32年目・ワーママ21年目の猫好きkiki3と言います!
ママand先生andネコ好きの目線で想いを綴っています。
「肩書き」と「生き方」について想うことをお伝えします。
特にママさんに読んでもらえたら嬉しいです。
「お母さん」という肩書き
突然ですが、私は、母が大好きです。
もう亡くなって数年が経ちますが、ずっと愛情をもらって、見守ってもらって今の自分があります。
もちろん、父のことも大好きですが、同じ女性である母は、私にとって目標であり、「理想の母親像」としてとても大きな存在でした。
自分が結婚して母となり、そこで気づいたのが
「お母さんのようにはできない( ; ; )」
ということでした。
今は、「そりゃそうでしょ。時代も違うし、キャラクターも違うし。同じようにできなくても当たり前だよね」と思いますが、母親になりたての頃は、なんとかして母を追いかけようとすごく焦ってました💦
母が私(子供)のためにしてくれたことは、私も子供ためにしてあげたい!
そう思って子育てしていました。
でも、この考え方自体が、ものすごく「母の呪縛」に囚われていたのだと思います。
母は何も押し付ける人ではありませんでしたが、私が母をリスペクトするあまり、自ら勝手に呪縛にハマっていったのだと思います。(^◇^;)
自分は「お母さん」と呼ばれるところまではいけない💦と思い込んで、子供には「ママ」と呼ばせることにしました。(お母さんという呼称が上で、ママが下という訳でもないのに…)
今となっては、笑い話として客観的に振り返ることができますが、あの頃は無我夢中だったように思います。まさに、見えない何かと勝手に闘っている感じですね💦
ネコから学ぶ
あの頃の自分に声をかけるなら
おーい!もっと楽にいこう!
ネコたちを見てみい!
こんな感じかなo(^▽^)oと思います。
私は実家にもネコがいたので、ネコたちの自由さや生活ぶりはもちろん知っていました。
でも、就職して一人暮らしになってから今のニャンズと出会うまでの期間は、生活にネコは登場しなくなっていました。
ちょうどその期間は「就職・一人暮らし→結婚→出産→子育てスタート」とライフステージが大きく変化する時期に当たっていました。
もし近くにネコがいたら、
その姿に癒されたり、
暮らしぶりを羨ましく思ったり、
無表情と裏腹な行動に笑っちゃったりできていたかもしれません。
ネコは呪縛にハマっている人間のガチガチの頭と気持ちをほぐしてくれる天才だと思います。
ネコ化のススメ
全てをマネすることは自分にも誰にもオススメできませんが、その時その時の行動を見て、自分に転換してみるのはいいなあって思います。
ハイシロ姉さん「マロン」のお気に入りの場所
通称「グレーゾーン」
細長いペンギンのぬいぐるみに顎をのせて寝ていることもしばしば。
令和生まれの茶トラ「キャラメル」のお気に入りの場所
王道「ソファの上」
姉妹のミルクと2匹で3人掛けのソファを占拠します。
令和生まれの白茶トラ「ミルク」のお気に入りの場所
ダイソー(500円)のキューブ型ネコハウス
誰かが入っていても強引に押し入ります。
キジトラ姉さん「チョコ」のお気に入りの場所
爪研ぎ用ボウルの中でニャンモナイトに。
ぴったりサイズです。ちなみに妹(ミルク・キャラメル)は大きく成長してボウルからはみ出します💦
好きなところで好きなようにすればいいんです。
考えすぎず
誰かと比べず
真顔で淡々と
自分のやりたいようにやったら、気持ちよくねむれるはず!
╰(*´︶`*)╯♡
…肩の力が抜けて深呼吸できました⭐️
肩書きに囚われない生き方
当然ですが、ネコは自分がネコだなんて思ってません。
ましてや、飼い猫だとか野良猫だとか、血統書付きだとか、MIXだとか、そんな概念もありません。
環境や状況によって暮らしぶりは様々ですが、自分がいる場所で自分らしく暮らしていると思います。
それぞれでいいなあって思います。
私たちは、時には「お母さん」だったり、「先生」だったり、「猫好き」だったりしていろんな肩書きをもって生きています。
でも、肩書きにとらわれて窮屈になってしまっていることに気づいたら、ネコを見て気持ちを解放できたらいいなあって思います。
それぞれでいいんですよね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
(=^x^=)
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